2018年04月22日 (投稿者: 株式会社フレンズ ) 七重八重は花は咲けども山吹の

桜が終わり、牡丹、アヤメ、山吹など いろいろの花が咲き乱れています。

山吹と言えば太田道灌でしょう。若いころタカ狩りの途中 夕立ちにあい、
部下に命じて蓑を借りに行かせました。貧しそうな農家に(殿が蓑を所望
じゃ)と言うと家の中から 身なりの良い女性が出てきて 一輪の山吹の
花と、短冊を渡されました。道灌はそれを受け取り、(蓑はどうした)と
烈火のごとく怒り、夕立の中を城に戻りました。その短冊には
(七重八重、花は咲けども山吹の 実の(蓑)一つだに なきぞ悲しき)
と書いてありました。詩歌の解る家来に意味を聞くと『外見は良く見えても
生活が貧しく(蓑:藁で編んだ雨具)も持ち合わせが有りません。と言う
謝り状で下。山吹の花は実がならないので、実の、と蓑を掛けたものでした
道灌は自分の学問の無さを恥じ、荒々しかった行動を改め、学問に励み
立派な武将に成長しました。道灌は、太田左衛門大夫資長と言いますが
還俗して、道灌と名乗ったそうです。1457年(室町幕府中期)江戸城を
築城し武蔵、相模を平定しましたが 1484年 扇谷上杉家と、幕府側
公方、足利家の争いに 巻き込まれ54才で、非業の死を遂げました。
フレンズ  小林