2018年08月07日 (投稿者: 株式会社フレンズ ) 浜松城は徳川家康の原点です。


徳川家康ゆかりのお城です。元亀元年(1570年)居城だった岡崎城を嫡男信康に譲り、曳馬城(浜松城)へ移りました。貝の武田信玄侵攻に備え、天竜川に沿った自然の要塞地と見なし、慢性方向に大きく広げ 浜松城と改名したのです。
1573年、武田信玄は、この城を攻める振りをし、三方ヶ原におびき出し、武田方の騎馬軍団翻弄され、徳川方は 壊滅的な敗北を喫しました。命からがら浜松城に逃げ帰った家康は、全ての城門を開き いわゆる空城計を行い、追撃して来た山形昌影は、そのまま軍を戻し、家康は一命をとりとめたそうです。
家康はこの城に、29才から、45才まで 十七年間在城し 遠海(とうとうみ)静岡県を治めていました。その後、家康は駿府城に移り、徳川家の重鎮 堀家が居城としていました。
家康の働き盛りを この城で過ごし 出世城とも、呼ばれています。
江戸時代に 入ってからは、西の抑えとして 徳川家譜代の大名 松平家、水野家、太田家、井上家などが居城とし、格式の高さを誇っています。
明治時代に廃城となり、昔の面影はなくなり、公園になって居ましたが 1958年 外観復興し、現在では 三階の天守が有ります。フレンズ小林