2019年02月19日 (投稿者: 株式会社フレンズ ) 能登。北陸の抑え、富山城。


日本の冬型の天気図は 西高東低が常識で、関東は空っ風、北陸は雪景色です。安土桃山時代、木下藤吉郎の時代から、仲良く付き合っていた 前田利家 寧々さん、お松さんと呼び合い 家族ぐるみの付き合いでした。絶対的に利家を 信頼していた秀吉は、北陸方面の守りを 前田利家に任せていました。越中、能登、加賀、越前 など 前田家が治めていました。

江戸時代になり、利長、利常と代が変わっていき 利常の長男(光高)が加賀を治め 次男(利次)が越中(富山県)を相続したのです。
富山城は、もともと、水越勝重が 神通川沿いに、築いた城ですが 1579年 信長の家臣、佐々成政が 越中、守護職として入城し お城の 大改造をしました。1585年 秀吉が天下を取り、佐々成政は、外様大名として 九州熊本に 入封されました。その後、北陸4県を前田家に 与えたものです。
以来、加賀藩から10万石で利次が 分封されたのです。
その後は、230年余り 前田家13代の居城として使用されたのです、建物は 火災や水害で焼失し 現代の建物は1954年 当時の建物を、想像し 建てたものです。  小林昭男