2018年03月21日 (投稿者: 株式会社フレンズ ) 戦の神様、八幡太郎義家の逸話

天満宮、天神様は ご存知の通り菅原道真公をお祀りしてある神社ですが、
八幡神社は 源氏の(八幡太郎義家)と言う説が有りますが応神天皇、神宮
皇后、比売大神3社を お祀りしてある説が有力です。多分、石清水八幡神社
で元服し 源、八幡太郎義家と名乗った以後、戦の神様として、有名になった
と思います。約、1000年前、父、伊代の守頼義と共に 阿部の貞任、宗任を
平定の為鎮守府(岩手県水沢市)を出発した時が、12年も続く戦いの始まりで
した。(前9年の役)(後3年の役で終了)
阿部の貞任兄弟は、館(岩手県胆沢郡衣川村)を出て、勇敢に戦いましたが
頼義、義家は、地元の(出羽の国主)清原光頼を味方につけ、勝利しました。
その時の衣川の戦いの掛け合いで 八幡太郎義家が、撤退する貞任に【衣の
盾がほころびにけり】と言い、貞任は【年を経し、糸の乱れの苦しさに】と帰
したそうです。その掛け合いを現在では、【年を経し、糸の乱れの苦しさに
衣の盾が、綻びにけり】を 一つの和歌にしたのです。
貞任は、鎧、兜を脱ぎ、潔く切腹しようとしましたが、義家はこれを許さず
大刀を鞘に納め 全軍に引き上げを命じ、馬首をめぐらしました。
フレンズ 小林。